大学紹介

令和6年度入学式 学長式辞

式 辞

 

東北文教大学、東北文教大学短期大学部、そして東北文教大学留学生別科に入学された皆さん、御入学おめでとうございます。今日から皆さんは、東北文教大学の仲間です。本学で学ぶ皆さんを学長として心から歓迎します。そして、新入生の御家族の皆様にも御入学を心よりお祝い申し上げます。また、本日の入学式には、ご来賓として、保護者会副会長の樋口友和様、教育後援会会長の長谷川憲治様、副会長の佐藤幸蔵様、「耀」同窓会会長の佐藤克子様、東北文教大学山形城北高等学校長の大沼敏美様、東北文教大学附属幼稚園長の池田友子様、そして社会福祉法人「敬愛信の会」理事長の水野則子様にも御臨席をいただいております。

さて、新入生の皆さん。皆さんは、自分の将来への道を東北文教大学の学生として歩み始めました。これから始まる学生生活を皆さんはどのようなものにしていきますか。そして、これからどのように生きていきますか。この問いかけに対して、皆さんは、それぞれが自分のこととして考え、自分の責任において行動していかなければなりません。今日は、皆さんが学生生活をスタートさせる日です。これからの皆さんの学生生活が充実したものとなることを願って、学長として皆さんに伝えたいと思うことをお話しします。

今年になって、アニメーション映画の『君たちはどう生きるか』がアカデミー賞を受賞したというニュースがありました。私もこの映画を観ました。宮崎駿監督のスタジオジブリの作品ですから興味はありましたが、私がこの映画を観た主な理由は、映画のタイトルに惹かれたからです。すでに『君たちはどう生きるか』という本は、吉野源三郎という人によって一九三七年(昭和十二年)に少年少女向けの文学作品として出版されています。二〇一七年(平成二十九年)には、この本の内容がマンガ『君たちはどう生きるか』として出版され、ベストセラーにもなっていますから、皆さんの中にも読んだ方がいると思います。

さて、そのようなわけで、私は、宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』を観ました。映画の内容は、ある宿命を背負った少年「真人」が、人間の生まれる前の世界と死者の世界が一体となったような不思議な世界に導かれていき、そこで勇気を持って行動するというストーリーでした。吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』とは、直接の関係はなさそうです。ただ、映画の中で、主人公の少年「真人」の母親が、まだ幼いわが子が将来読んでくれることを願って買い求めたのが、この本であり、空襲による火災で母親が亡くなったあと、「真人」が、母親からの贈り物として遺された、この本と出会って読む場面が出てきます。「真人」のその後の行動にこの本の影響はありそうです。私も、映画を観た後、読んでみたくなり、八十七年前の少年少女向けの作品を読んでみました。

吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』の主人公は、十五歳の旧制中学の二年生です。この少年は、自分が体験し、自分なりに考えたことを、母親の弟である叔父さんに話します。そして、その話を聞いた叔父さんは、この少年へのアドバイスをノートに記していく。そのような構成で、この作品は書かれています。

この作品を読んで、私は、ぜひ皆さんにもお話ししておきたいと思ったことが二つありました。その第一は、「ものごとの見方、考え方」です。主人公の少年は、叔父さんと一緒にデパートに行き、その屋上から東京の町を見おろします。少年の目に入るのは、眼下の道路を走るたくさんの車の流れ、そして、目の届く限り続く家々の屋根です。そのうちに、その巨大な大都会の風景の下には、それぞれ人がいて、それぞれが生きて活動しているのだと気付きます。そして、自分も、さっきまで、そこを歩いていたのです。主人公の少年は、人を見ている自分、人から見られている自分、そしてそのことに気付いている自分がいるという奇妙な感覚を覚え、そのことを叔父さんに話します。叔父さんは、それがとても大きな経験だと考えて、この少年を「コペルニクス君」略して「コペル君」とあだ名で呼ぶようになります。自分を中心にした世界観から、自分を世界の中の一つとしてとらえる考え方に転換したことが、まるで天動説から地動説に変わったような、コペルニクス的転換だというのです。それからのコペル君は、世の中のたくさんの人と人とのつながりについて、自分なりに考えていくようになります。

これから学生として、さまざまに知識を身につけて行く皆さんにとって、こうした「ものごとの見方、考え方」は、とても大切なことです。知識を単に言葉の上だけのものにしてはいけません。知識は、それが皆さんの成長とつながるものでなければ、本当の知識ではありません。実際の観察、実際の体験、自分の本当に感じたことや、心を動かされたことから出発して、考えていく。それが、本当の学びであり、身につく知識です。これから始まる大学での学びで、皆さんには、ぜひそれを実践してほしいと思います。

皆さんに伝えておきたいもう一つのこと。それは、「友だちの大切さ」です。この作品には、少年コペル君が、自分の弱さ故に友達を裏切ってしまうことや、取り返しのつかないことをしたという罪の自覚と後悔が描写され、それについての叔父さんの慰めや励ましが書かれています。コペル君は、そうした経験を経て、よい友だちを持つことの幸せを実感し、自分は「すべての人がおたがいによい友だちであるような」そういう世の中の実現に役立つ人間になりたいと思うようになるのです。

これから学生生活をスタートさせる皆さんも、ぜひよい友だちを持ってほしいと思います。学生として毎日を懸命に生きていると、苦しくなったり辛くなったりするときもあるものです。そんなとき、よい友だちは、とても心強い支えとなるものです。よい友だちを持ち、自分自身も誰かのよい友だちであろうとしてください。

私たち東北文教大学は、「人」を学ぶ大学です。「人」について深く理解し、優れた専門性と豊かな人間性を持ち、地域を創っていく実践的な人間を育てる。これが本学の教育の基本的な方針です。皆さんは、「人」について、問題や課題を探求する主体であるとともに、自らを「人」として育てていく主体でもあるのです。東北文教大学は、そうした学生が学び、集う大学でありたいと考えています。そして、本学の理念や理想は、建学の精神である「敬愛信」という言葉で表されています。「敬」「愛」「信」という三つの言葉について、お話しします。

「敬」は「尊敬する」ということ。人が学ぼうとする原動力です。「愛」は、人が誰かに、あるいは何かに関心を持ち、それを大切にする、その思いです。そして「信」は「信じる」ということ。それは、未来に向かって生きようとする意志を支えます。

「敬愛信」という理念は、人が人として育ち、人と人とが繋がり、未来に向かって生きていくための大切な力となるものです。「人」を学び、地域を創る本学の教育と研究の根底に「敬愛信」の理念があるということを、私はこのように考えています。皆さんも、それぞれにおいて「敬」「愛」「信」を感じ取り、大切にしてほしいと願っています。

結びに、皆さんのすべてが、東北文教大学で充実した学生生活を過ごし、それぞれの未来に向かって、元気に歩み続けることを祈念して、学長式辞とします。

 

令和六年四月六日

東北文教大学

東北文教大学短期大学部

学長  須賀一好